見本市に行こう!!

見本市に行こう!!

新たな可能性を模索して

対抗して開催された見本市

東京都の青少年育成条例改正に伴って、現在の市場において主要10社が東京国際アニメフェアへの不参加を表明し、東京都と大手企業の確執が悪化したことによって経済効果などが懸念されたが、見本市ならどこでも開催できるとばかりに新たな漫画・アニメ関係の見本市が開催されることになる。それが『アニメコンテンツエキスポ』であり、略して『ACE』と呼ばれている。このイベントは東京国際展示場で開催されたところから大体距離的に30kmほど離れた場所に建造されている『幕張メッセ』での開催を予定していた。そこまでは良かったが、幸か不幸か開催を決行しようとした2011年に日本を襲った未曾有の大震災による影響によって、見本市を開催するどころの話ではなくなってしまった。

こればっかりはさすがに予想できるわけもなく、今後の日本文化の象徴とも言える漫画やアニメ作品の表現を守っていこうとする動きとして、開催されるはずだったのは何か天のお告げのようにも取れるかもしれない。こうした状況下で震災が起こった直後に開催中止となった事を喜んでいるとも取れる発言をした石原氏だが、東京国際アニメフェアも開催中止となったので結果から見れば痛み沸けという風にも取ることが出来る。というよりも、アレだけの被害を招いたあとにこういった侮蔑を吐き捨てる言動も、倫理的な面で見たら配慮に欠けると取られかねないので過激すぎると言われているのも納得できる。

だがACE初年度開催中止というまさかの展開だったため、次年度の開催も危ぶまれた。このまま頓挫してしまっては元も子もなかったが、何とか2012年に改めてACE開催にこぎつけたことで関係各社はほっとしたことだろう。このようにこのまま毎年2つの見本市が開催されていくことになるのかと思われたが、そもそもこの状況をよろしくないと理解していたのは何を隠そうものでもない、ACE立ち上げを手動で行なった企業側が痛感していた。

ACE開催の状況と結果

ACEがは何とか無事、2012年に第1回を開催することに成功し、その翌年となる2013年にも見本市が開けることを正式に発表できたこともあった。だが東京国際アニメフェアと比べた場合ではどうなんだろうと正直思った人もいるだろう。数字的に見ても、ACEが成功を収めているかどうかについては極めて微妙なところと思う人もいるかもしれないが、そうでもないのではと分析している。まずは簡単にACEの通算2回開催された結果がこちらだ。

回数 来場者数 出展企業数
第1回 41,628人 55社
第2回 70.675人 75社

これだけ見ると赤字だらけの大失敗ではと思うだろうか。だがこれを実際に東京国際アニメフェアの第1回と第2回との数字を比較してみると、来場者数の推移がACEの方が圧倒的に比率が高い。東京国際アニメフェアの第1回の来場者は『50,163人』、第2回が『64,698人』となっている。これだけで見ても分かるとおり、ACEが第1回と2回の来場者数の増加が、東京国際アニメフェアの『14,535人増』に対して、『31,047人』となっていること、さらに企業数が少ないという事実を考査するとどちらに商業として、お祭りごととしての価値が見出されていたのかが良く分かるだろう。無論当時の状況なども影響しているのかもしれないが、ACEは第2回でも出展企業数が『75社』であるのに対して、東京国際アニメフェアは第2回においての企業数が『138社』という60社以上の開きがあったにも関わらず、来場者数の推移は圧倒的にACEへと軍配が上る。

これが意味するところはACEにはそれだけ商業的な営業を行いたいと思えるほどの優良コンテンツが充実していたということを意味していることになると、筆者は考えている。見本市の本質である商業取引としての場が展開されていたかもしれないという可能性を鑑みれば、経済産物を生み出している可能性ではダントツといえるだろう。

これだとむしろ東京国際アニメフェアの方が優勢とは一概には言えず、このまま開催していれば確実にACEがその規模を広める可能性を有していた事は否めない。東京都としてもこのまま失敗すると思われていたACEという対抗策については、内心焦っていた節もあったのではと思えなくもない。

業界全体の流れとしてよくないと、誰もが思っていた

だが問題はそうした見本市に限られたものではなく、業界全体が2つの見本市で同一の目的を達成しようとしているにも関わらず、確執を生み出してしまっているような勢力図を構築している現実を、全体が良く思っていなかった。このままではまずい、住み分けをするのではなく業界が一丸となって経済を動かしていかなければ意味がないと、ACE開催の主力でもあった現在の『KADOKAWA』は警鐘を鳴らした。

KADOKAWAはこの頃東京国際アニメフェアに主催者として表記されており、マスコミにそのことをなじられたこともあったが、企業としてもだが漫画・アニメ産業としてこうした対立を招いてしまう状況は終息させなければいけないと思っていたようだ。何とかして話し合いをして2つに分かれてしまったものを1つにまとめてみようとする動きが見られていたが、中々折半できる条件が整わないとして進展が中々見せなかった。

そもそもこうした問題を起こした原因となったのが東京都であって、業界関係各社については飛び火しての騒動だ。どちらのイベントに出展したしたとしても、作品を世に送り出せるという意味、さらに新たな取引を行なうことが出来るようにとする、見本市としての大義名分は東京国際アニメフェアでも、アニメコンテンツエキスポのどちらも果たしていたといえる。ならいっそのこと原因を作り出した東京都が主催者として加わらない見本市を開催すればいいのでは、とする結論に至ったことで東京国際アニメフェア、そしてアニメコンテンツエキスポは共に終焉を迎えることになる。そしてそれらに取って代わる新しい見本市が誕生することを意味していた。